大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1117号 判決 1994年8月26日

原告

田中鈴美

被告

森上四郎

ほか一名

主文

一  被告森上四郎は、原告に対し、金二五六万五九一八円及びこれに対する平成二年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日新火災海上保険株式会社は、原告に対し、原告の被告森上四郎に対する本判決が確定したときは、金二五六万五九一八円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告森上四郎(以下「被告森上」という)は、原告に対し、金九九九万八八八四円及びこれに対する平成二年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日新火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という)は、原告に対し、原告の被告森上に対する本判決が確定したときは金九九九万八八八四円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故によつて負傷した原告が、被告森上に対しては民法七〇九条に基づき損害賠償を求めるとともに、被告保険会社に対しては、被告森上の被告保険会社に対する保険金請求権を代位行使したという事案である。

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

原告は、平成二年一一月二二日午前八時二〇分頃、普通乗用自動車(以下「原告車」という)を運転して、兵庫県小野市大開町一〇〇番地先路上(以下「本件道路」という)を走行中、被告森上運転の大型貨物自動車(以下「被告車」という)と衝突した(争いがない)。

2  (原告の受傷、治療経過及び後遺障害)

(一) 原告は、本件事故によつて、左鎖骨骨折、左上腕骨骨折、左橈骨神経麻痺、顔面挫創等の傷害を受け、次のとおり、小野市民病院に入通院して治療を受けた(争いがない。)

(1) 平成二年一一月二二日から平成三年三月二九日まで入院(一二八日)

(2) 同年一〇月一六日から同月二六日まで入院(一一日)

(3) 同年三月三〇日から平成四年一月二一日まで通院(実日数五一日)

(二) また、原告は、顔面等の瘢痕の治療のため、平成三年一〇月二二日から平成四年一月一六日までの間、神戸市立中央市民病院に通院して治療を受けた(実日数三日)(甲四、五号証、原告本人の供述)。

(三) 原告は、平成四年一月二一日、小野市民病院において、症状固定と診断され、自賠責保険においては、左鎖骨変形により、自賠法施行令後遺障害等級一二級に該当する旨の事前認定を受けた(争いがない)。

3  (被告車の自動車保険契約)

被告保険会社は、本件事故当時、被告車を被保険車とする自動車保険契約を締結していたところ(争いがない)、同契約の約款においては、要旨以下のような条項(以下では、右契約と約款を含め「本件自動車保険契約」という)があり、被告森上は同契約における被保険者に該当する(弁論の全趣旨)。

(一) 対人事故によつて被保険者の負担する法律上の損害賠償請求権が発生した場合で、かつ、次の各号のいずれかに該当するときは、損害賠償請求権者は、被告保険会社が被保険者に対して填補責任を負う限度において、被告保険会社に対し所定の損害賠償額の支払を請求することができる。

<1> 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したとき又は裁判上の和解若しくは調停が成立したとき。(以下略)

(二) 被告保険会社は、損害賠償請求権者から、前項の規定により損害賠償額の支払請求があつたときは、被告保険会社がこの賠償責任条項及び一般条項に従い被保険者に対して支払うべき保険金の額(同一事故につき既に支払つた保険金又は損害賠償額がある場合は、その金額を差し引いた額)を限度として、損害賠償請求権者に対して所定の損害賠償額を支払う。

4  (損害の填補)

原告は、これまでに自賠責保険から金三三七万円を受領し、これを損害の填補に充てた(争いがない)。

二  主たる争点

1  被告森上の過失の内容

(原告の主張)

被告森上は、本件道路北行車線において、前方に対する注視を怠つた上、センターラインを越えた地点から急に右合図を出して東側路外に向かつて右折を開始したため、南行車線を走行してきた原告車と衝突したのであり、同被告には、前方不注視及び左側通行違反の過失がある。

(被告らの認否と反論)

被告車が右折のためセンターラインを越えて対向車線内に入つていたことは認めるが(ただし、その程度は約〇・五メートル程度にすぎない。)、原告車と被告車が衝突したときには、被告車は停止していたのであり、被告車が急に右折を開始したということはない。原告主張の過失は争う。

2  後遺障害による逸失利益の発生の有無

(原告の主張)

(一) 原告は、本件事故の結果、前記左鎖骨変形のほか、肩、肘、手指の運動制限や左肘関節痛、左手握力低下、正座困難、頚部痛、前歯二歯の欠損に伴う義歯、顔面等の瘢痕等の後遺障害が残り、そのため、キーボードオペレーターとしての仕事や日常生活において多大の支障と困難が生じているから、原告の右後遺障害による逸失利益については、労働能力喪失率を一五パーセント、期間を二〇年として算定するのが相当である。

(二) 被告らは、本件事故後の原告の給与が現実に減少していないことをもつて、右後遺障害による逸失利益は発生していない旨主張しているが、これは、勤務先の特別な厚意と原告本人の特別な努力の結果に基づくものであり、右後遺障害によつて原告に労働能力の低下が生じていることは間違いなく、また、将来の昇給、昇格、転職等において不利益な取扱いを受けるおそれがある。

(被告らの反論)

(一) 原告主張の後遺障害は、キーボードオペレーターという事務職の仕事からすると、その労働に対する影響は極めて軽微であり、現実に労働能力の低下を来すというほどのものではない。

(二) 原告は、本件事故後も、従前の勤務先に復職して同様の仕事を続けており、給与についても、毎年一回ずつ昇給し、同事故前と比較して増加こそすれ全く減少していない。

そして、本件では、原告について収入の減少を回復すべく努力したというような事実は認められず、また、その職種に照らすと、将来、昇給等において特に不利益を受ける可能性は低いし、また、昇格や転職をすることは極めてまれであるといわざるを得ない。

(三) したがつて、本件では、原告の後遺障害によつて現実の収入減はもちろん、労働能力の低下や将来の不利益性も認められない以上、右後遺障害による逸失利益は生じていないといわざるを得ず、前記一二級所定の労働能力喪失割合に基づいて機械的に逸失利益を算定することは相当でない。

3  過失相殺

(被告らの主張)

(一) 被告森上は、本件道路において、右折して路外の工場施設内に入ろうとしていたが、原告車が対向直進してきたため、同車をやり過ごそうとしていつたん停止したところ、同車が制限速度を約一五キロメートルも上回る高速度で、しかも前方の注視を怠り、センターラインを約〇・九メートル程度越えて停車中の被告車に向かつて正面から突つ込んできたのである。

また、原告車の進行していた南行車線の幅員(二・八メートル)と同車の車幅(一・六八メートル)、そして、被告車の前記センターラインオーバーの程度(約〇・五メートル)を考え併せると、原告にとつて、右停車中の被告車の東側を無事通過することは極めて容易であつたといわなければならない。

(二) したがつて、本件事故の発生には原告の右過失が大きく寄与しているから、原告の損害額の算定に当たつては、大幅な過失相殺がされるべきである。

(原告の反論)

本件事故は、被告森上が前記のとおり急に右折を開始し、原告車の進路を妨害したことによつて発生したものであり、原告が前方注視を怠つたこと及びセンターラインを越えて走行したことはない。

第三当裁判所の判断

一  被告森上の責任

1  (本件事故の発生状況)

前記争いのない事実と証拠(甲一号証、二一ないし二六号証、三〇ないし三七号証、乙一ないし三号証、五、六、一〇号証、証人尾田政人の証言、原告及び被告森上本人の各供述[ただし、いずれも後記採用しない部分を除く。])及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる。

(一) 本件道路は、南北に走る片側一車線(各幅員二・八メートル)の道路であり、北行車線の西側には幅〇・九メートルの路側帯、南行車線の東側には幅〇・五メートルの路側帯がある。

同道路は、本件事故現場付近では直線で(北方に向かつてやや緩やかな上り勾配である。)、見通しが良く、アスフアルト舗装がされていて平坦であり、同事故当時、路面は乾燥していた。

なお、制限速度は時速四〇キロメートルとされている。

(二) 本件事故現場は、本件道路東側に所在する大開産業(プラント工場)の南側出入口前路上のセンターライン付近上である。そして、右南側出入口の北方約三〇ないし四〇メートル(なお、同距離は乙一号証の交通事故現場見取図の縮尺に基づく。)先の地点には、同北側出入口がある。

(三) 被告森上は、前記日時頃、仕事のため、セメント約一トンを搭載した被告車(大型貨物自動車、車幅二・五メートル)を運転し、本件道路北行車線を時速約五〇キロメートルの速度で北進し、大開産業に向かつていた。

(四) 被告森上は、北行車線中央付近を走行していたが、本件事故現場南側手前約三五・九メートルの地点において、右折をして前記南側出入口から大開産業構内に入ろうと考え、右合図をするとともに、減速しながら、除々に被告車を対向南行車線に寄せていつた。

(五) そして、被告森上は、右の地点から約一〇・九メートルくらい北進した地点においては、被告車の一部がセンターラインを越えて南行車線内に入り込んでいたところ、その時点で、同車線上を南進してくる原告車(車幅一・六八メートル)を前方約七三・五メートルの地点に発見したため、ブレーキを踏むとともに、ハンドルを少し左に切つて被告車を北行車線内に戻そうとした。

(六) そのため、被告車は、右の地点から約二五メートルくらい北進した地点で停車したが、その際にもやはり、同車右側が約〇・五メートル程度センターラインを越えて南行車線内に入つていた(被告車がセンターラインを越えて南行車線内に入つていたこと自体は争いがない)。

(七) 一方、原告は、その頃、出勤のため、原告車を運転し(シートベルト不着用)、南行車線のセンターライン寄りを時速約五五キロメートルの速度で南進していたが、北行車線を走行する対向車が数台いたことなどから、その後方を進行してきた被告車の動静に対する注意が十分でなく、同車との衝突の危険を感じた時点で、急ブレーキをかけたものの間に合わず、センターライン付近上において、(六)の位置に停止した直後の被告車右前部に原告車前部が正面衝突した。

そのため、原告車は、大きく回転し、前記南側出入口付近で停車した。

(八) 右衝突によつて、原告車前部は大破したが、同車前部の車体右端から約〇・九メートルの箇所には、被告車前部の車体右端から約〇・五メートルのところに設置されたフツクの痕跡が付いており、右フツク痕の位置と前記被告車のセンターラインを超えた程度からすれば、原告車も、本件事故の時点ではセンターラインを約〇・九メートル程度超えていたということになる。

2  以上の各事実が認められ、原告本人の供述中、被告車が前記南側出入口付近で急に右合図を出して右折してきたとする部分は、前掲各証拠(特に乙三号証の記載内容)に照らして直ちに採用し難いし、一方、被告森上本人の供述中、同被告が原告車を発見した時点において既に同車がセンターラインを越えて走行していたとする部分は、前掲各証拠(特に乙一、二、一〇号証の記載内容)に照らして直ちに採用し難い。そして、他に以上の認定を覆すに足りるだけの的確な証拠はない。

3  (被告森上の不法行為責任)

前記認定の事実関係によると、被告森上は、右折して路外にある大開産業構内に進入するに当たり、対向車両の有無及びその安全を確認して対向車線内に進出すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、右確認を尽くさないまま対向車線内に進出して停止した過失により、本件事故を惹起したといわなければならない。

よつて、被告森上は、民法七〇九条によつて、原告が本件事故によつて被つた後期損害を賠償すべき責任を負う。

二  過失相殺

1  ところで、前記一で認定して事実関係によると、原告は、本件事故発生の際、制限速度を時速約一五キロメートル上回る速度で進行していたこと、そして、原告は、対向車線上を走行する被害者の動静に対する注意が十分でなかつたため、自車進路前方において右折しようとして進出していた被告車に対する適切な対応を採ることができなかつたこと、同車との衝突時点では、原告車もセンターラインを越えていたことが認められ、これによると、原告の右落度は本件事故の発生に寄与したものといわざるを得ないし、また、前記判示の原告の受傷部位及び程度に照らすと、シートベルトの不着用が同事故による損害の拡大に寄与しものと推認できる。

2  そこで、右のような原告の過失と前記認定説示にかかる被告森上の過失の内容及びと程度、本件事故の態様、本件道路の状況等を総合して考えると、本件事故における原告の過失割合は、これを三五パーセントと認めるのが相当である。

よつて、被告らの過失相殺の抗弁は右の限度で理由がある。

三  原告の損害額の算定

(積極損害について)

1 治療関係費 合計金二九九万九一六〇円

(一) 小野市民病院分(乙九号証) 金二七九万九九九〇円

(二) 文書料等自己負担分(甲三、五、七号証) 金二万一〇五〇円

(三) 歯科治療費(甲九ないし一一号証) 金一三万一六六〇円

(四) 装具代(乙九号証) 金四万六四六〇円

2 付添看護費(請求額金七万円) 金七万円

証拠(甲二号証、一五号証、原告本人の供述)によると、原告は、本件事故による前記骨折の結果、ギブス固定を余儀なくされ、前記入院当初においては、特に左腕のギブス固定のためベツドから移動できず、そのため、排尿を含め日常の起居動作に支障があつたこと、そして、原告の母は、同事故当日から平成二年一二月五日までの一四日間にわたつて原告に付き添つて看護に当たつたことが認められ、確かに、前記小野市民病院の主治医は付添看護不要との判断をしてはいるけれども、右各事実によると、右期間に関しては原告の右症状に照らして付添看護を要したと認め得ないではないというべきである。

そして、右事実に基づいて考えると、右期間中の近親者の付添看護費としては、一日当たり金五〇〇〇円の割合が相当であると認められるから、これを合計すると、金七万円となる。

3 入院雑費(請求額金一八万〇七〇〇円) 金一六万六八〇〇円

原告が本件事故による受傷のため合計一三九日間にわたつて入院して治療を受けたことは前記のとおりであるところ、その間の入院雑費としては、一日当たり金一二〇〇円の割合が相当であるから、これを合計すると、金一六万六八〇〇円となる。

4 通院交通費(請求額金五万九七七〇円) 金五万九七七〇円

証拠(甲一六号証、原告本人の供述)によると、原告は、前記小野市民病院及び神戸市立中央市民病院の各通院につき、合計五万九七七〇円の交通費を要したことが認められる。

5 メガネ代(請求額金二万八〇〇〇円) 金八〇〇〇円

証拠(甲一七号証、原告本人の供述)によると、原告は、本件事故によつてその際にかけていたメガネが破損し、そのため、新しく金二万八〇〇〇円で買い替えたことが認められる。

ところで、本件においては、右破損にかかるメガネの本件事故当時における時価額をもつて同事故と相当因果関係のある損害と認めるべきところ、原告は、この点につき、右メガネの購入時期や時価額に関して主張立証しないのであるが、同種同額程度の商品を買い替えたとして考えると、同事故当時における右メガネの時価額は、使用により減価を考慮して、金八〇〇〇円と認めるのが相当である。

(消極損害、慰謝料及び物損について)

1 休業損害及び賞与減額分(請求額金一〇四万〇四〇〇円) 金一〇四万〇四〇〇円

証拠(甲一二ないし一四号証、三八号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時、藤原産業株式会社(金物製造卸及び輸出業)に勤務し、ワープロ等のキーボードを打つ仕事をしていたが、本件事故による受傷とその治療のため、同事故当日の平成二年一一月二二日から平成三年六月末日までの間にわたつて休業を余儀なくされたこと、原告は、その間の平成三年二月一日から同年六月末日までの五か月間は全く給与の支給を受けられなかつたこと、そして、右当時の原告の基本給は月額金一五万三〇〇〇円であつたこと、また、原告は、右期間の休職の結果、同年六月までに支給される賞与において合計金二七万五四〇〇円の減額を受けたことが認められ、右事実に基づいて原告の休業損害及び賞与減額分を算定すると、合計金一〇四万〇四〇〇円となる。

2、後遺障害による逸失利益(請求額金四八五万〇一二四円) 金二一八万八三二六円

(一) 前記争いのない事実及び前記認定にかかる原告の勤務内容と出勤状況に加え、証拠(甲八ないし一〇号証、二〇号証の一ないし九、三八号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告(昭和四三年四月三日生)は、平成四年一月二一日(当時満二三歳)、左鎖骨変形(後遺障害等級一二級五号該当)のほか、左肩、肘及び手関節の各軽度の運動制限、左肘関節痛、左上肢筋力低下、左手握力低下(右手の約半分程度)、頚部痛、顔面、左上肢及び右下肢の各瘢痕、前上歯二歯の破折による補綴等の後遺障害を残して症状固定とされたこと、原告は、平成三年七月から、前記藤原産業に復職したが、左上肢と鎖骨、頚部付近に関する前記症状はいずれも改善されないため、長時間キーボードを打つことができず、また、疲れ易いことから、仕事の能率が悪くなつていること、原告は、同社の指示により、復職当初は従前のワープロ等のキーボードを打つ仕事をせず、簡単な事務仕事だけに従事し、その後、除々にキーボードを打つ仕事を増やし、現在では、事務仕事とキーボードを打つ仕事が半分ずつの割合になつていること、そして、原告自身、右のように仕事の能率が悪いときは、夜間残業をしてこれを補う努力をしていることが認められる。

一方、原告の藤原産業における収入については、本件事故当時の基本給が月額金一五万三〇〇〇円であつたことは前記認定のとおりであるが、証拠(甲一二、一三号証、乙一一ないし一三号証の各一・二、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故後、右基本給につき、平成四年一月支給分から月額金一六万円に、平成五年六月支給分から金一六万七六〇〇円に各増額されたこと、そして、原告の年収もまた、平成二年には金二三七万四七一八円であつたのが、平成四年には金三〇三万九一〇〇円、平成五年には金三二五万三四四四円となつていることが認められる。

(二) 以上認定の事実関係を総合して考えると、原告は、前記認定にかかる後遺障害によつてキーボードを打つ仕事の遂行上具体的な支障が生じていることが認められ、労働能力の低下を来していることは否定できないところである。

しかしながら、一方、原告は、藤原産業に復職した後、平成四年及び平成五年には昇給しており、年収も増加しているのであるから、少なくとも右二年間の範囲では、右後遺障害による労働能力低下に伴う現実的な収入の減少は未だ表れていないといわざるを得ない。

もつとも、原告の復職後の努力や藤原産業が原告に対し復職後の仕事内容について原告の症状に合わせながら仕事を割り当てていることは前記認定のとおりであり、また、証拠(甲一二、一三、三八号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、前記休職期間のうち本件事故から平成三年一月までの期間については、不就労にもかかわらず、同社から基本給の支給を受け続けていたこと、同社は、本件事故が原告の通勤途中の事故であつたことを配慮し、原告に対し仕事上色々な便宜を図つていることが認められ、右事実に基づいて考えると、原告に収入減少がみられないことについては、原告自身の努力のほか、勤務先の格別の厚意が一つの要因になつていると考え得ないではないのである。

また、原告の年齢や職種内容等を考え併せると、前記後遺障害の存在が原告の将来の転職等の職業選択に関して影響を及ぼす可能性があるというべきである。

(三) そこで、以上にみたような原告の後遺障害の部位と内容、程度(特に自賠責保険において事前認定を受けた後遺障害が左鎖骨変形の点にとどまること)、原告の職種及び就労状況、現実の収入の変遷、原告と勤務先の関係、原告の年齢、今後の職業選択の際の不利益性等の諸事情に加え、いわゆる労働能力喪失率表において後遺障害等級一二級の同喪失割合が一四パーセントとされていること等をも総合して考えると、原告は、右後遺障害によつて、前記症状固定時の満二三歳から満三五歳までの間の一二年間にわたつてその労働能力喪失を一割喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、平成二年の年収額金二三七万四七一八円を基礎とした上、中間利息の控除について新ホフマン方式を用いて右後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、次の算式のとおり、金二一八万八三二六円となる(円未満四捨五入。以下同じ。)。

二三七万四七一八(円)×〇・一×九・二一五一=二一八万八三二六(円)

3 慰謝料(請求額合計金五〇〇万円) 金四四〇万円

まず、原告の受傷による入通院慰謝料としては、前記傷害の内容、入通院期間等を総合考慮すると、金二〇〇万円が相当であり、また、後遺障害に基づく慰謝料としては、前記認定説示にかかる後遺障害の内容、顔面の瘢痕の存在、逸失利益の算定においては前記のとおり後遺障害等級一二級に相当する後遺障害が存在するにもかかわらず、控え目な算定方法によらざるを得なかつたこと、その他本件証拠に表れた一切の諸事業を総合考慮すると、金二四〇万円が相当である。

4 原告車破損の損害及びレツカー車代(争いがない) 合計金一一一万八八四〇円

(損害額の小計)

積極損害が金三三〇万三七三〇円。

消極損害、慰謝料及び物損の合計額が金八七四万七五六六円。

(以上の合計額は金一二〇五万一二九六円)

(過失相殺による減額)

前記二で判示したとおり、本件事故については原告にも三五パーセントの過失があつたと認めるべきであるから、同割合に従つて前項の損害額を減額すると、原告の損害額は、積極損害が金二一四万七四二五円、消極損害、慰謝料及び物損の合計額が金五六八万五九一八円となる。

四  損益相殺

1  (自賠責保険金)

原告がこれまでに自賠責保険から金三三七万円を受領し、これを損害の填補に充てたことは前記のとおり争いがない。

2  (労災保険からの療養給付金)

(一) 被告らは、労災保険から療養給付として支給された金二七九万九九九〇円についても、損益相殺を主張している。

(二) そこで、検討するに、証拠(乙九号証)によると、労災保険から、療養給付として、原告の小野市民病院における前記治療費について被告ら主張の金員が支給されたことが認められる。

しかしながら、右療養給付(労働者災害補償保険法二二条所定)が損害の填補となり得るのは、右給付と同一の性質を有し、相互補完性を有すると解される前記三判示の積極損害に限られるというべきである。(最高裁判所第二小法廷昭和六二年七月一〇日判決・判例時報一二六三号一五頁参照。)。

したがつて、前記判示に従い積極損害について過失相殺を行つた結果、療養給付が現に認定された積極損害の額を上回ることになつたとしても、当該超過部分を前記消極損害、慰謝料及び物損についてまで填補するものとして、これらとの関係で右給付額を控除することは許されないと解するのが相当である。

それゆえ、前記療養給付金二七九万九九九〇円については、前記過失相殺後の積極損害金二一四万七四二五円を全額填補するにとどまると解すべきことになる。

3  それゆえ、前記過失相殺後の消極損害、慰謝料及び物損の合計額金五六八万五九一八円について、前記1の自賠責保険金三七七万円を控除すると、右損害額は、結局、金二三一万五九一八円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係があるとして賠償を求め得る弁護士費用の額は、金二五万円が相当である。

六  被告保険会社に対する請求

1  被告保険会社が被告車を被保険車として本件自動車保険契約を締結していたこと及び対人事故の場合の損害賠償請求権者の直接請求に関する規定の内容、被告森上が同契約における被保険者に該当することはいずれも前記判示のとおりであるところ、交通事故の被害者が、加害者に対する損害賠償請求と保険会社に対し加害者に代位してする保険金請求とを併合して訴求している場合には、右保険金請求は将来の給付の訴えとして許されると解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和五七年九月二八日判決・民集三六巻八号一六五二頁参照。)。

そして、弁論の全趣旨によると、被告森上が無資力であることを認め得ないではない(なお、被告ら訴訟代理人は、被告森上本人尋問の際に、右の点を争わない旨を述べていた。)。

2  そうすると、原告の被告森上に対する損害賠償請求と併せて提起された被告保険会社に対する保険金請求については、被告森上に対する本判決の確定を条件として、これを認容することができるというべきである。

七  結語

以上によると、原告の本訴請求は、被告森上に対しては金二五六万五九一八円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成二年一一月二三日(原告の主張に従う。)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、また、被告保険会社に対しては原告の被告森上に対する本判決が確定することを条件として、前記金員及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払ずみまで右同様の遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例